大阪高等裁判所 昭和41年(ネ)299号 判決 1967年6月27日
控訴人(反訴被告) 日産プリンス南大阪販売株式会社
右代表者代表取締役 夏秋伸一郎
右訴訟代理人弁護士 高田喜雄
中島純一
被控訴人(反訴原告) 山城柔
右訴訟代理人弁護士 森原弥三郎
平山成信
主文
原判決を取消す。
被控訴人(反訴原告)は控訴人(反訴被告)に対し原判決別紙目録記載の自動車の換価処分金一五六、一四〇円を引渡せ。
被控訴人(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は本訴反訴を通じ、第一、二審共被控訴人(反訴原告)の負担とする。
本判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴(反訴被告以下単に控訴人と称する。)代理人は、本訴につき主文第一、二項同旨並に訴訟費用は第一、二審共被控訴人(反訴原告以下単に被控訴人と称する。)の負担とする旨、反訴につき被控訴人の反訴を却下する旨、若し右申立の理由のないときは、被控人の反訴請求を棄却する旨の判決を求め、被控訴代理人は、本訴につき控訴人の控訴を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする旨、反訴につき、控訴人は被控訴人に対し金二五一、九〇八円とこれに対する反訴状送達の日の翌日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は控訴人の負担とする旨の判決及び仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の陳述証拠関係は、控訴代理人において、(一)留置権消滅の主張につき、本件自動車の修繕は昭和三九年四月一〇日完成し修理完成後の走行距離メーターの計器の作動は正確であった。そして控訴人係員のメーター検査によれば、昭和三九年三月二六日のメーター示度は一一、八一四粁、同年九月二二日のそれは九、九五一粁、同年一一月二日のそれは一〇、六八八粁であった。右九月二二日の示度が三月二六日のそれより少ないことは修理担当の被控訴人においてメーター逆転の作為がない限りありえない。もっとも九月二二日の示度には疑問符が付されているがそれは示度そのものが不明確という意味ではなく(走行距離は査定の最も重要な基礎をなすもので示度を見誤る如きことはない。)、右示度が今迄の走行粁を正確に表示しているかどうかに疑問があるという意味である。右九月二二日から一一月二日までの走行距離は示度の差七三七粁で一日平均約一八粁宛被控訴人が運行に使用していたことになり、車のバッテリーの充電その他車輛の保存に必要な走行及び修理後の試運転距離を遙に上廻る。被控訴人が右メーターを逆転させ修理完成の昭和三九年四月一〇日から同年一一月二日までの約七ヶ月間右走行距離平均で使用していたとせば実に三、七〇〇粁に達し、右は全く被控訴人が勝手に本件車を自己の用途に使用したもので、被控訴人の本件車に対し有した留置権は、控訴人の消滅請求により消滅したものである。(二)被控訴人の相殺の抗弁に対し、被控訴人主張の自働債権は車の修理を依頼した訴外宋仁変に対する自動車の修理請負代金債権で控訴人の被控訴人に対する本訴請求債権(相殺の受働債権)との間に相対立する関係がない。のみならず右受働債権は供託金の引渡請求債権で特定自動車引渡と同一性を失わない特定物の引渡請求で一般金銭債権とは性質を異にする。すなわち被控訴人主張の自働債権とは同一種類の債権ではないから相殺適状を生じない。のみならず、被控訴人はその主張の自働債権は保存費用であると主張する。若しそうであるとすれば、被控訴人は本件自動車を留置中擅に使用し果実を取得したのであるから保存のための費用は自らこれを負担すべきものであり、被控訴人主張の自働債権は当初より発生していないか若しくは発生しても既に消滅している。仮に被控訴人がその主張の自働債権を有益費と主張するものならば、被控訴人の善管義務違反によるその不当利得は右有益費以上であるから、控訴人は、これを自働債権として被控訴人主張の有益費償還債権と相殺する。更に被控訴人は悪意の占有者であるから、仮に控訴人に有益費償還義務ありとするも本判決確定後相当の期間の猶予を求めうる権利を有するからこれを行使する。(三)被控訴人の反訴に対し、この反訴提起には不同意である。仮に本件の場合かかる反訴提起が控訴人の不同意にも拘らず適法であるとすれば、反訴請求原因事実中被控訴人の従来の主張に反する点を否認すると述べ、被控訴代理人において、反訴請求原因として、控訴人は原判決別紙目録記載自動車の所有者であり、被控訴人は昭和三九年三月頃より同年一〇月一六日大阪地方裁判所昭和三九年(ヨ)第三六三六号仮処分決定に基く仮処分執行として執行吏に占有させるまでは本件自動車の占有者であったところ、被控訴人は同年三月頃訴外宋仁変から本件自動車の修理を請負い同年四月一〇日修理を了え右修理費用として金二五一、九〇八円を要した。右は本件自動車を保存するための必要費であるから、右費用の償還及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ(た。)
証拠関係≪省略≫
理由
一、控訴人がその主張の日、訴外相沢弘こと宋仁変に対し原判決別紙目録記載自動車をその主張の約定で売渡したこと、右訴外人は月賦金中八八九、〇〇〇円の支払をしなかったこと、被控訴人が本件自動車を占有していたが、控訴人は昭和三九年一〇月一六日被控訴人に対する大阪地方裁判所昭和三九年(ヨ)第三六三六号仮処分決定に基き、右自動車につき仮処分執行をなし、昭和四〇年八月二一日大阪地方裁判所昭和四〇年(保モ)第二七六〇号換価命令により本件自動車を換価処分し換価金一五六、一四〇円が供託されたこと、以上の事実は当事者間に争はない。
二、右争のない事実によれば、右供託金は本件自動車に代るものでありその所有権は控訴人にあるから被控訴人に対しこの引渡を求めることのできるものなるところ、被控訴人においてはその主張のような原因で留置権を行使する旨抗弁するにつき按ずるに、当裁判所は原審と同様に被控訴人は宋仁変に対し本件自動車につき修理代金債権一七五、〇〇〇円を有し右債権の弁済を受けるまで本件自動車を留置する権利を取得したものと判断する。その理由は原判決理由二、に摘示するところと同一であるからここにこれを引用する。
三、控訴人は先づ被控訴人の本件自動車に対する占有喪失を理由として右留置権の消滅を再抗弁するけれども、その失当なることは、原判決理由三、に判示するとおりであるからここに右摘示を引用する。
四、控訴人は、次に、被控訴人は、昭和三九年四月一〇日頃から同年一〇月一六日までの間(当審においては同年一一月二日までと主張するもののようである。)本件自動車を自己の運送用具として無断使用していたから、控訴人は昭和四〇年六月一六日の原審口頭弁論期日において被控訴人に対し留置権の消滅を請求した。よって被控訴人の留置権はここに消滅に帰したものなる旨再抗弁するから按ずるに、≪証拠省略≫に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人が本件自動車の修理を完成したのは、昭和三九年四月一〇日であるから勿論のこと走行距離メーターもその時には完全なものとせられたと推定されること、然るに昭和三九年三月二六日控訴会社が宋仁変の依頼により作成した本件自動車修理見積書(甲五)によればその走行粁は一一、八一四とあるのに、その後昭和三九年九月二二日控訴会社が本件自動車を調査した調査表(甲六)には「走行粁九、九五一?」とあり更に同年一一月二日付調査表(甲七)には走行粁一〇、六八八とあること、自動車事故によって走行距離メーターが逆転するが如きことは通常考えられないことであるに反し、自動車の修理に際し故意に右メーターを逆転さすことは技術者にとっては容易であること、走行距離は自動車価格査定の重要な基礎をなすものであって控訴会社係員がこれを見誤るようなことはなく、右調査表(甲六)の数字につけられた疑問符も数字が不確かであるが故のものでなく、本件自動車の年式使用状況からみて走行粁数が少なすぎると感じた控訴会社査定係員清水芳雄がその意味で付したものであること、控訴会社債権係員水野泰雄は、被控訴人またはその店員等が本件自動車を乗り廻している事実を昭和三九年九月末頃三回に亘り現認していること、以上の事実を認定することができる。≪証拠判断省略≫。そして右認定事実によれば、控訴人が本件自動車を修理するに際し、走行距離メーターを故意に逆転さす操作を加えたとまでは認定できないとしても、少くとも同年九月二二日から一〇月一六日(仮処分執行の日)までに七三七粁に亘る本件自動車の運転を自らなしまたは他人をしてなさしめた事実を推認するのが相当である。蓋し同年四月一〇日には修理を完成し右メーターも完全となっていたものであること前記の通りであり、一〇月一六日以後一一月二日までは執行吏の占有下にあり、しかも≪証拠省略≫によれば本件自動車に対する仮処分決定には仮処分申請人たる控訴人に対し、占有を委ねることのできる趣旨の条項はないから、執行吏占有下にある自動車が一〇月一六日以後一一月二日までの間には何人によっても運転されたものとは考えられず、本件においてかかる証拠は全く存しないのであるから、右走行粁七三七の数字は前記被控訴人の占有下にあった期間における被控訴人の使用による粁数を表わすものと考えるの外はないのである。もっとも≪証拠省略≫中には、被控訴人の修理工場には多くの自動車を格納できぬので十粁程離れた倉庫に入れており、バッテリー点検充電のため月に二回乃至四回位被控訴人の修理工場に運転して来ていた旨の部分があるが、九月二二日から一〇月一六日までの僅かの期間に四回位右の目的で本件自動車を整備のため倉庫から工場迄運んだという右供述はたやすく措信しがたいが、かりにそのとおり運んだとしてもその粁数は一回二〇粁四回としても八〇粁にすぎず前認定にかかる七三七粁の約九分の一にすぎぬのであるから、残り約九分の八の距離の走行は自動車整備のための走行(保存に必要なる使用)と認めることはできず、被控訴人は留置物占有者としての善管義務に違反し必要の限度を超え自己の用途に使用したものといわざるをえない。≪証拠判断省略≫。そして控訴人が被控訴人の右義務違反を理由として留置権消滅の請求を原審でしたことは、記録上当裁判所に顕著であるからここに被控訴人の右留置権は消滅に帰したものというべきである。なお念のため附言するが、民法第二九八条第三項は留置権消滅請求権者を債務者と規定しているので留置権により担保される本件自動車修理による債権の債務者でない控訴人は右消滅請求権者に該当しないが如き感があるが、右法文にいうところの債務者は、留置権を以て対抗せられる所有権者を含む趣旨に解するのが相当で本件自動車所有権者たる控訴人は固よりこれに該当するものである。
五、被控訴人は、留置権の主張が認められないとしても、被控訴人が本件自動車の修理に要した金二五一、九〇八円の償還請求権を有するからこれを自働債権として控訴人の本訴請求にかかる換価代金返還請求権とを原審昭和四〇年一二月六日の口頭弁論期日において相殺する意思表示をした旨抗弁するが、控訴人は本件自動車が自己の所有なることを前提とし、本訴請求にかかる換価金は右自動車に代るものとして控訴人の所有権に基づき被控訴人に対しその引渡しを求めるものであってその返還請求権は、被控訴人主張の償還請求権のような単純な金銭支払債権ではないから右両債権は同種の債権として相殺適状にあるものと称し難いものがあるのみならず、民法第二九九条第一項に規定する必要費又は同法第一九六条第一項に規定する保存のために費したる金額その他の必要費のいずれもその意味するところのものは、その物体の原状を維持してこの物の滅失毀損を防止するのに欠くべからざる費用をいうものであって、本件の如き被控訴人が訴外宋仁変より大破した自動車の修理を請負い右自動車の効用を完全ならしめるための修理費用は前記各法条第二項の有益費に該当する余地はあっても、その全額をそのまま保存のための必要費であると解することはできない。よって被控訴人がその主張のような必要費償還請求権を有することを前提とする相殺の抗弁は採用することができない。仮に被控訴人が前記各法条第二項の有益費をも主張するものと解してもこの有益費の償還請求権については相手方において支出額と増価額の選択権を有するものであるから、被控訴人においてはその双方の主張立証責任を負うものであるのに、本件においては支出額の主張立証はあるが、増加額の主張立証なく、有益費の主張として不完全なもので主張自体失当であるといわねばならない。以上いずれの点からみても被控訴人の相殺の抗弁は到底採用の限りでない。
六、被控訴人の反訴につき控訴人は不同意の旨述べているが、民事訴訟法第三八二条第一項の法意は、反訴につき一審を省略することは民事訴訟につき三審制をとる成法の立前から許されないとするところにある。故に今若し反訴は二審に至って始めて提起せられたとはいえ反訴請求にかかる訴訟物たる権利又は法律関係が原審において主張従って審理せられており、右反訴を二審で許すことが三審制の趣旨に悖ることがないような場合には敢えて二審における反訴の適否を相手方の同意の有無にかからしめる要を見ない。本件についてみるに、被控訴人は原審で本件自動車修理によりその物体につき必要費を支出したことを主張し、本件換価金引渡請求権との相殺を以て対抗したが、相殺の抗弁の容れられない場合に備え、当審において、同一の債権を主張してこれを反訴の訴訟物としてその提起に及んだものであり、反訴の訴訟物たる必要費償還請求権については原審で既に主張立証がなされているのであるから、このような場合控訴人が右反訴に不同意を唱えてその提起を阻むことは前記民事訴訟法の規定の趣旨に反し許されないところであり、本件反訴は控訴人の不同意にも拘らず適法である。
よって進んで反訴請求の理由があるかどうかを按ずるに、この点については前記相殺の抗弁を排斥した場合の後の説示と同一の理由すなわち、本件自動車の修理に用した費用の全額を直ちに以て保存のための必要費と解することはできず且つ有益費の主張としては主張自体不完全で失当であることにより右反訴請求を理由のないものと判断する。
七、以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、本件自動車に代りこれと法律上同一視される供託にかかる換価金一五六、一四〇円を無条件で引渡す義務あり、原審がこれが引渡を金一七五、〇〇〇円の支払と引換にかからしめたことは失当であり、本件控訴は理由があり、又本件反訴請求は理由がない。よって民事訴訟法第三八六条により原判決を取消し、控訴人の請求を認容し、被控訴人の反訴請求を棄却し、訴訟費用につき同法第九六条第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文の通り判決した。
(裁判長判事 宅間達彦 判事 小林謙助 古崎慶長)